京都のお茶教室 彩en香

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京都のお茶教室 彩en香

日本茶インストラクター&フードコーディネーターとして「食生活でこころとからだを元気にしたい」という思いから始めました。京都でお茶を習ってみませんか? <ただいま準備中>

たふ講座「安土桃山時代~近世」

お茶のある風景

さて続いて、3回目「安土桃山時代~近世」の、

抹茶・煎茶・玉露のお話です。

次のお茶はこれ。

つちや農園さんの「懐香茶」

指定樹齢100年の在来で作ったお茶なのだそう。

さて、本題。

宇治茶に関する内容が、とても興味深かったです。

インストラクターの本にも載っていて覚えた、南北朝時代に書かれた「異制庭訓往来」。

それには、この時代のお茶は、栂尾のお茶が一番で、あくまでも仁和寺・醍醐・宇治・葉室・般若寺・神尾寺はその次だと書いてあります。

そして、15世紀半頃に、一条兼良が書いた「尺素往来」。

これには、最近宇治は天皇が好んでおり、栂尾のはだんだん衰えてきているというけども、そうではないよ、と書かれています。

つまり、あくまでも栂尾のお茶は一番だけど、宇治茶もいいよーってことなんですよね。

1493年9月21日付の「一休宗純十三回忌下行帳」(大徳寺真珠庵文書)によると、

このときは栂尾茶を購入しているという記録があります。

これが、1580年10月21日付「一休宗純百回忌下行帳」(大徳寺真珠庵文書)では、

宇治茶に変わっているんですよね~。

そして初めてブランドができたのです。

「そそり」のいいものを「無上」とし、「無上」のよいものを「別義」といったそうです。

だけども、宇治茶もにせものが出回っていたようです。

1512年2月2日付の「弘中武長書状」(益田家文書)に、

「本当に少しだけど、宇治茶2袋お贈りいたします。本当の「無常(上)」というけれど、信用はできませんよ」

なーんて書いてるんですよ。

おもしろすぎます。

今じゃありえないですよね。

「これ、にせものかもしれませんけど、どうぞ」なんて^^;

正直すぎる内容で、ある意味素晴らしい!

さーて、ここでまた休憩です。

  

左は、静岡県の益井園さんの紅茶。

品種「みらい」を使ったファーストフラッシュ。

とても甘みがあっておいしいw

右は、参加者が中国で買ってきた新茶「径山」。

葉がほんとうにきれい!

こちらもさっぱりしていながらも、ほのかに甘みがあって飲みやすかったです。

さて続きまして・・。

もともと宇治茶とは、

宇治郷に住んでいる人宇治茶師たちが、もっている茶園で作ったお茶のことをいったんだけど、

もちろん、宇治郷に住みながら、宇治郷外で茶園を買って作っている人もいるわけで・・。

宇治郷の茶師のもとへ集められたお茶を宇治茶というようになりました。

1584年の「羽柴秀吉禁制」(京都大学蔵上林文書)で、

他郷の人は、宇治茶といったり、茶袋を似せたり、よそで商売するなと、禁止したわけです。

ちなみに今の宇治茶の定義は、

京都府奈良県滋賀県三重県の産茶で府内業者が府内で仕上げ、加工したもので、府内産茶50%以上のもののことをいいます(京都府茶業会議所)

いわゆる京ものといわれる京都ブランドにも、

京友禅、京扇子というものがありますが、これらももともとは他県で作っており、

京都で最終加工してそう呼ばれます。

通常、産地といえば、その地域で作られたものを指しますが、

京都は別で、昔からのこういう流れがあり、集積地としての産地をいうのですね~。

京都に住んでいても、京都府近隣県がブレンドされているのに、

なんで京都府産でもなく、宇治という一部の地域を指すような名前なんだーと、

やはり納得いってなかったですから。

こういう昔からのものだったのですね~。

だいぶはしょりましたが、こんな感じで、講座終了。

 

左はインドネシア・・だったかな? のアッサムティー。

右は有機の京都府産の烏龍茶です。

このあとも、まだお茶を頂いて・・結局何杯飲んだことでしょう・・。

それぞれ、2煎か3煎づつくらいは飲んだので、すごいですよね。

おなかいっぱい~。

でもほんとさまざまなお茶を頂くことが出来て、贅沢です。

お土産も頂いて・・ありがとうございました!